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謝られた方は傷つけられたのに許さないといけないのか?

かなーり前に こんな内容の記事を書いたことがあります。

息子が小1の時にひどいいじめをされて 許さないといけないと思って 私たち親子がすごく苦しんだこと。
私が考えに考えた結論が「許したくない時は許さなくていい」でした。

被害者が加害者にできることが小学生ということで それしかなかった訳です。

器物損壊で訴えたり 現実的に無理でしたし。

今 タレントの上沼さんへのSNSでの暴言で騒がれています。

まず なんで皆SNSに投稿せんと気がすまへんねんやろね?

そこが一線やと思うねんけど。

家族が亡くなった 怪我した 今美味しいもん食べてる 飼い犬が体調悪い・・・・
なんでそんなこと皆皆さんにお知らせせんと気が済まへんのかなぁ。

それに 昭和男子の「酒の席のことは許される」みたいな考え。
もう一生しらふに戻らんと 宇宙の藻屑になれと言いたい(笑)
ほなずーっと許してもらえる気分でおれるがな。
いくら普通の会社で働いてないからって言うても アホちゃうかと思う。

しかも 女を馬鹿にする時はいつも決まって「オバハン」「生理」「更年期」
ホント失礼。彼女の年齢なら 更年期はもうとっくに過ぎてて該当しませんし。
そんなことで 点数誤ってつけてるなんてことないわよ。

仮に点数つけるの誤る程の更年期の症状だったら 仕事受けないやろしね。

やらかした本人でなく 周りの先輩芸人が「後輩がすみませんでした。許したって下さい。」
かなりの人数がまた公にそういう発言をしてる。

この人だけは敢えて名前出すけど ハイヒールのリンゴが
「1回だけ許したって下さい。上沼さんは許してくれてると思うけど」と公に発言してた。

この「許さないといけない」プレッシャーをまだ 被害者に与えますか?

やられた本人がそこまでのことを他人 ましてや人生の後輩たちに 決められないといけないんでしょうか?
それこそ 失礼やと思う。

このリンゴは自分のこと何様やと思ってるんかと思ったわ。
あんたが許すのは勝手やけど なんでそれを人に強要する?
「上沼さん あなた心広いでしょう?許さないと心狭い人みたいに思われますよ」っていうプレッシャーよ。

あおり運転の被害者の子供さんだって 犯人が反省するしない 謝罪するしない もうそんなん関係ないと思う。
どうあっても 許せないし 許さなくていいんです!


私 この侮辱した方の芸人さんね

女のことはバカにするくせに 自分は男として立派な行動はしないのね。
正々堂々と意見や疑問をご本人に伝えれば良かったんよ。

この間 韓国ドラマで 『男子の一言金鉄の如し』 というのを言ってるのをきいた。

よく 武士に二言はない という言葉は聞いたことあるけど 恥ずかしながら この年齢になるまでこのことわざは知りませんでした。

私は男女関係なく 自分が今 口から出そうとする言葉は 金鉄の如く思って発言して欲しいと思う。
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ずーっと続いてる耳の中の症状

糖質を食べた時の症状なんで ずーっと続いています。耳の中が湿った感じ。

綿棒を入れると湿潤液みたいなのを吸ってる感じがあります。変な臭いです。

先日 風邪で体中の湿疹が出た時に 私にしてはかなりの抗アレルギー剤を飲んだんですけど その時はかゆみもなかったし 綿棒入れても液もつかなかった。だから アレルギー反応であるのは間違いない。

困るのは 耳道の皮膚が微妙な状態なんで 普通の耳かきで掃除できないし 耳垢がたまる。

そうなると 聞こえ方がマイルドになるんで 聴覚過敏には丁度いいんだけど。

ある日突然 その耳垢が鼓膜全体を覆うと 水の中に入ったみたいになる。

そうなると 一応 耳を壊してる人なんで 更に悪くなったのではないかと 不安になる。

で 耳鼻科に行かないといけなくなるわけです。

塗り薬はステロイド半分入ってるので 真菌が出来てないかは定期的に診てもらわないといけないんですけどね。
今のとこ大丈夫です。

しかし・・・こちらに症状が移って 顔がましになるならいいけど・・・症状が増えていく一方。
食べ物によっては下痢とかね。

食べる量が減ったのもあって すっごく酷い症状があるわけではないけど・・・
というか 顔はもう酷い症状のまんま変化なし。

時々 すっごくブルーになります。

特にこの季節・・・。

皆さんも この季節 不得意って人います?

全部が出来ないといけない教育はやめなければ未来はない

前回記事でも取り上げた番組ですが。

次に気になったこと。

日本は合格点をもらうとそれ以上にその得意科目を勉強せず 苦手な教科ばかり勉強する。
そうすると一つに秀でた子を伸ばすということに弊害が出てくるのが日本の教育の問題になってる。

こういったことを武田先生とか中野先生とかが話されていました。

私もそう思うわ。

だいたいオールラウンダーの文系の人ばっか官僚になるから そういうことになるんよね。

家族もこれを見てて「理系の教育は理系のもんだけで決めればいいねん」

まったく文系の人の意見を聞かないというのも問題やけど それは客観的な意見をきくという役割の人がいたらええだけで。
確かに 理系の教育に関することは理系の人だけで決めればいいと思う。

だから 例えば 高校入試の内申点なんかは 5段階じゃなく10段階にすればいい。
今まで通り3を普通にしたまま 5の子を更に5~10の点数に振り分ければいい。

別に絶対に10まであげないといけないのではなく そういう特殊な天才がいてもつけてあげられるようにする訳です。

様は+アルファをあげる訳です。ある分野に限った天才には。

そのかわり その他の教科でどうしても苦手な教科の補充になるように。

大学入試なんかは もっと柔軟にいろいろ出来るだろうし。
要は各大学独自に入試の方式や基準を決められるんだから。

こんなことを考えたきっかけは スケートの宇野昌磨君のことを 解説者の元プロスケーターの女性が語ってたのを聞いたことです。
 「彼はスケートとゲームしか全く興味がない。変わってる。ご飯すら 食べたかどうか尋ねると めんどくさい 袋すら開けるのが面倒・・・とか言って食べないこともある」と。

おもしろおかしく話してましたけど あれくらいのことを成し遂げようとすると 寝る時間以外は恐らく スケート技術や曲の芸術的解釈 練習の反省や 大会の反省 もちろん「覚える」という作業 1日中練習か考えてるかだと思う。
凡人の基準では計り知れないことがあると思う。

本人は「仕事は一生したくない」と言うて笑わせてましたが もちろん社会に出たら躓くこともあるけど それは国語を勉強してたから大丈夫か そんなことではないし その都度 困った部分で立ち止まり考えるしかないと思う。

「苦手なことをやらなくてもいい!」じゃなくて 「出来ないことにもっと寛容になってもいいのでは?」と思います。

日本人が全体的にキッチリはしてマナーは良いけど 他者に寛容さが少なく 誰にでも合わせるわりに 弱者に対して優しい気持ちになったり相手の立場になれる人が本当の意味で少ないのは この「なんでもできないとダメ」「苦手科目を克服」ということを強いられているのも多少は関係してないかと思う。

全部サボって出来なくて許してもらうってのは違うけど(笑)
何かを頑張ってて でも苦手なことにはやっぱり興味が持てなくて・・・ってことを 要は「出来ないことを許してもらう」という経験があれば その人も「人の欠点を許せる」人間になる気がする。

結局 勉強の部分の教育を変えるだけで 人間が人間として成長し、人間関係も良くなる気がするんだけど。


本当に感動した時に褒める

テレビで褒めるしつけは良くないとやってました。
例の中野先生とかが仰ってましたが。

どういうふうに褒めるのが良くないかとか色々説明されてましたが、
興味ある方はホンマでっかでやってたので 調べてみて下さい。

私はその解説を聞いてて なんで我が子をわざと褒めないといけないのか?と思った。

よその子の勉強を教えてる時ならまだしも。

私は息子が保育所くらいまでは 当然 ゴミポイできてかしこいね~とか 片付けが出来た時も おりこうね~とか レゴのブロックで何か作ったら「すごいね~」とか そういうのは褒めてましたよ。

これはそうではなくて 勉強やスポーツについて小学生以上の子供向けの躾や教育のことを言うてるんだと思いますけど。

音楽・美術・スポーツに関しては 私は本当に感心した時しか褒めなかったなぁ。
スポーツは心配しなくても 褒める機会は全くなかったですが(笑)
芸術面は自分のわかる部分は厳しい判定だし わからない分野でも 素で感動した時は「すごいええわ~」とか「気に入ったわ~」とか言うてしまう。
息子も私がそういうことで 嘘を言わないというのは徐々にわかってきたみたい。

勉強に関しては もちろん通信簿や順位で「ええやん」「あかんやん」みたいなことは普通に言いましたが 芸術やスポーツみたいない感動する分野じゃないもんね。

ただ 今現在 息子はかなりハイレベルな勉強になんとかくらいついていってる状況。
だから 学校の順位は非常に悪い。もう地をはいつくばってる(笑)
でも 私はその頑張っていることを「よー頑張ってると思う。それに関しては敬意を表する」と言うてます。

自分が一応大学受験だけでも 勉強してきた経験があるので その大変さが多少なりともわかるからです。
しかも 私はその勉強は受験前しか続かなくて 高校時代も大学入ってからは全く勉強しなかった。

なので受験勉強の様な状態を もう3年も続けてる息子が本当にすごいなと思うのです。


ただ 私が学者とかしてたら それすら褒めなかったかもね。
でも 学者なら学者が生きてきたレベルで ここまでできてたら褒めるって部分はあるやろね。当然。

人間というものは自分が判断基準にどうしてもなってしまう。

だから 何かに今まで頑張ったことのない人が 親だというだけで なんで人を褒めることができるのか?

褒めるということを軽く見過ぎてる様に思う。

芸術だって本物しか人を感動させることが出来ないのと同じで 本当に感動した言葉しか相手に伝わらないと思うのです。

感動してないのに「〇〇ちゃん すごいね~」なんて会話を親子で何回も何年も続けていたら それは嘘っぱちの関係だし その子も嘘っぱちの親にしかならない。本当の努力を褒めてもらったことがないから。

何かにすごく努力したことがあれば 例えば 怪我のリハビリとか全く違う分野の頑張りとかも 本気で感動できるんちゃうかなぁ?


子供の躾くらい もっと本音でええんちゃうん?


ただ 私の様に親に全く褒められない教育は良くないですけどね(笑)



体内の戦いの後?

リンパがパンパンになったことから判断すると・・・

かなり体内が戦ったのか・・・


治った後もかなりしんどくて 体調が戻りません。

近所のスーパーくらいでやめとかないと
ちょっと電車に乗って行くと ボロボロになって帰ってきました。


本当に 思うようにならない身体。
これが年いくということなのか・・・。


元気な人もいるので 年齢のせいじゃないか?


ゆっくり休みたいんだけど 動かないと血のめぐりが悪くて それも良くないし。

どうしたものか・・・・。



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